東京地方裁判所 昭和54年(ワ)9722号 判決 1982年6月24日
原告 石井長四郎 外六名
被告 東宝株式会社
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告と原告石井長四郎との間に別紙(一)記載の、同原文良との間に別紙(二)記載の、同渡会伸との間に別紙(三)記載の、同高島利雄との間に別紙(四)記載の、同伴利也との間に別紙(五)記載の、同平野清久との間に別紙(六)記載の、同福沢康道との間に別紙(七)記載の、各契約内容を有する各雇用契約関係がそれぞれ存在することを確認する。
2 被告は、原告石井長四郎に対し一四二三万二〇〇〇円、同原文良に対し一三〇六万四〇〇〇円、同渡会伸に対し一四二三万二〇〇〇円、同高島利雄に対し六五六万四〇〇〇円、同伴利也に対し六五二万八〇〇〇円、同平野清久に対し六三六万四〇〇〇円、同福沢康道に対し六三四万六〇〇〇円及びこれらに対する昭和五六年四月七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 第二項につき仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 (一) 被告(以下「被告会社」という。)は、映画の製作、売買、興業等を目的とする株式会社である。
(二) (1) 原告石井長四郎(以下「原告石井」という。)は、昭和一一年四月一日、被告会社に社員として雇用され、同二四年三月いつたん退職し、傍系の株式会社新東宝に雇用された後、同二八年七月被告会社との間で、照明技術者として期間の定めのない雇用契約を締結した。
(2) 原告原文良(以下「原告原」という。)は、昭和二二年六月一日被告会社に社員として雇用され、同四二年八月三一日いつたん退職し、翌九月一日被告会社との間で、照明技術者として期間の定めのない雇用契約を締結した。
(3) 原告渡会伸(以下「原告渡会」という。)は、昭和一三年四月二〇日被告会社に社員として雇用され、同三二年四月三〇日いつたん退職し、翌五月一日被告会社との間で、録音技術者として期間の定めのない雇用契約を締結した。
(4) 原告高島利雄(以下「原告高島」という。)は、昭和二一年九月一日被告会社に社員として雇用され、同三三年八月三一日いつたん退職し、翌九月一日被告会社との間で、照明技術者として期間の定めのない雇用契約を締結した。
(5) 原告伴利也(以下「原告伴」という。)は、昭和一九年四月一日被告会社に社員として雇用され、同年九月兵役のため一時退社し、同二〇年九月被告会社に社員として再雇用された後、同三四年七月三一日いつたん退社し、翌八月一日被告会社との間で、録音技術者として期間の定めのない雇用契約を締結した。
(6) 原告平野清久(以下「原告平野」という。)は、昭和二二年四月一日被告会社に社員として雇用され、同三九年六月三〇日いつたん退職し、翌七月一日被告会社との間で、照明技術者として期間の定めのない雇用契約を締結した。
(7) 原告福沢康道(以下「原告福沢」という。)は、昭和一七年四月社団法人日本映画社に入社し、被告会社が右社団法人を合併するに際し、同二七年四月一日被告会社に社員として雇用され、同三九年六月三〇日いつたん退職し、翌七月一日被告会社との間で照明技術者として期間の定めのない雇用契約を締結した。
2 原告らが被告会社との間で締結した前記各契約(以下「本件契約」という。)が雇用契約であることは、以下の事実から明らかである。
(一) 専属関係の形成
(1) 被告会社は原告ら技師を「被告会社専属」にしている。すなわち、原告らは契約上映画製作については他社の仕事に従事することが全面的に禁止されており、被告会社以外の者の主催する舞台、放送、テレビジヨンその他の催物の照明等を担当することは、被告会社の「文書による承諾」をまつてはじめて可能となるにすぎない。
しかし実際上、原告らを含め技師が他社の仕事に従事したこともなければ、そのための被告会社の「文書による承諾」を得たこともない。
(2) 原告ら技師が被告会社以外の者の仕事に関与するのは、次の二つのケースである。
<1> いわゆる五核と呼ばれる会社の仕事
<2> <1>以外で、技師の派遣を依頼した他社の仕事
<1>は昭和四六年一一月、被告会社が映画製作を直接行うことを辞めて以来、技師にとつて最も基本的かつ一般的な仕事となつた。
<2>のケースは、(i)被告会社が他社から技師の派遣を依頼される場合と、(ii)技師が他社から仕事をとつてきて、これを被告会社にもちこむ場合の二つがある。いずれの場合も他社と被告会社が技師の派遣について直接契約を締結し、被告会社が技師を派遣する債務を負い、報酬を受ける。派遣すべき技師は、被告会社の契約管理室を経て、スタジオ担当取締役が決定し、技師に対し技師との契約に基づく派遣「要請」を行う。要請を受けた技師は原則として就労を拒否する権利を有しない。報酬は相手方より直接被告会社に支払われ、被告会社は技師に対し通常、支払われた金員のうち、(i)の場合は半額、(ii)の場合は七〇~八〇パーセントに相当する金員を作品担当料に準ずるものとして支払う。
このように<1>、<2>いずれのケースも相手方と契約を締結するのは被告会社であつて、技師ではなく、技師は被告会社の決定に従い、その「要請」を受け、被告会社の仕事として他社に赴き、被告会社から報酬を受けているのである。
(二) 労働の代替性の否定
被告会社は、技師がいつたん担当した作品製作について他の技師と交代することを禁じている。被告会社の他の技師との交代も許されておらず、まして、技師が被告会社以外の技師に自分に代わつて仕事をさせることは厳禁されている。
(三) 期間が長期であること
原告らはいずれも技師となる前に永年「社員」として被告会社に雇用されていた(原告石井は一三年間、同原は二〇年間、同渡会は一九年間、同高島は一二年間、同伴は一四年間、同平野は一七年間、同福沢は一二年間)。原告らは技師として被告会社に雇用される際にも技術、体力が衰えない限り被告会社の映画製作に携わることを当然のことと考えていた。原告石井、同渡会が技師となつた当時(昭和二八年から同三二年)は技師の仕事は殆んど劇映画の製作であり、また被告会社を含めいわゆる六大映画製作会社はそれぞれ専属制を採用していた。したがつて、当事者双方とも両者の契約関係が長期間継続することを認め合つていた。原告原が技師となつた同四二年当時は、すでに多くの技師が被告会社との間に長期間の契約関係をもつてきており、同人もそれを当然のこととして契約を締結した。現実に、原告石井は二三年間、同原は九年間、同渡会は一九年間、同高島は二一年間、同伴は二〇年間、同平野、同福沢はいずれも一五年間の長期間にわたり、契約関係を継続している。
(四) 労働の対価としての報酬
(1) 原告ら技師の報酬規定は契約基本料と作品担当料の二本立てになつている。契約基本料は作品担当の有無にかかわりなく支給され、その額は年単位で決められ、月割りで支払われる。したがつて、それは生活保障給たる固定給と評価しうる。これに対し作品担当料は、基準担当日数を五〇日とし、各技師ごとに一率に単位額が定められており、撮影開始から撮影終了までの実際に担当した日数により一作品ごとの作品担当料が決定され、通常三又は四分割されて担当開始後各月末に支払われる。したがつて、それは完成した作品に対してではなく、作品製作に際し就労したことに対する一種の歩合給の性質を有する。
なお、被告会社の要請で他社の仕事を担当する場合の報酬の支払も右作品担当料とほぼ同様である。
また被告会社は昭和四九年一月二五日にインフレ手当として一律四万円を技師に支払つている。
(2) 報酬の決め方と額
技師の当初の報酬は、各技師の社員時代の収入を基礎にして決定されている。例えば、昭和三九年当時は、社員から技師になる際の報酬は技師が年間二・七本の作品を担当した場合に、前年に社員として受け取つた年収とほぼ同額になるように年額が決定されている。そして、同四一年以降はそれが年間二・五本とされた。外部から直接技師となつた者については、多少のばらつきはあつても社員から技師になつた者との権衡で決められている。したがつて、技師に関する限り、一般従業員の給料に比較すれば雲泥の差のある報酬を受け取つたものはいない。
当初報酬額は被告会社が一方的に額を提示し、個別の話し合いになるが、その金額が上積みされることは極めて少なく、引き上げられる場合でも年額一万ないし五万円程度であつた。そして作品本数の減少に伴い、同四〇年から同四六年ころの間は技師の年収が同種の社員助手より大幅に下回るようにさえなつた。そこで、東宝連合技師会(以下「技師会」という。)は、同四四年二月四日、被告会社代表取締役あてに嘆願書を提出し、被告会社との間で報酬の大幅値上げを要求して交渉を行つた、以後同四六年から同五一年まで、毎年嘆願書、申入書又は要求書を提出し、それらに基づき交渉を行つて報酬額が決定されるようになつた。
(五) 器材及び補助労働力の帰属
(1) 器材等の所有
被告会社は映画製作に必要な器具・機材・資材等の一部を所有している。原告ら技師はそれら器材等を所有していない。原告らが身につけているのは、これらを使用して映画を製作する技術である。映画製作に必要な器材等は量的に膨大であり高価であるので、技師達はそれらの器材を個人で所有する経済的能力を持たない。
被告会社を含め、松竹、東映等大規模な劇映画製作会社は、これら生産手段をほぼ独占することからくる強大な経済的地位を背景に、生産手段を持たない技師等を使用して映画を製作している。
(2) 補助労働力の帰属
技師の仕事にとつて不可欠な助手等の補助労働者は技師との間にではなく、製作会社との間に雇用関係を持つ。被告会社も助手を「社員」として雇用している。原告ら技師が個人的に助手を雇用することはないし、また製作担当に際し助手の選任決定権を持つこともない。
(六) 「助手=雇用契約、技師=請負契約」論の誤まり
昭和三六年当時、被告会社撮影所において、一年、六か月、三か月の期間を区切つた技能契約者と呼ばれる者が働いていたが、被告会社は当時、右技能契約者は期間の点を除き原告ら技師と全く同じ契約関係にあると称していた。同三七年、右技能契約者の社員化運動が起こり、同年から同三九年にかけて右技能契約者とされていた助手は「社員」となつた。
また被告会社は「社員」助手に対し、事実上、助手の仕事ではなく技師の仕事を担当させることがある。被告会社の関連会社である東宝映像株式会社(以下「東宝映像」という。)には正式に「社員」技師が存在する。
このように、技師であるか助手であるかは、雇用契約か請負契約かの区別の基準となり得ない。
(七) 労働の実態
(1) どの技師がどの作品の製作を担当するかはすべて被告会社が決定する。
(2) 被告会社の就労決定に対し、技師はそれに応ずるか否かの自由を有しない。したがつて、被告会社による就労決定は実質的に業務命令となんら変りがない。
(3) 労働過程における指揮監督
製作の日程、予算、仕事の場所、日時、内容等はすべて製作会社が決定し、技師はその指揮監督のもとに仕事に従事する。
以下便宜上、株式会社東宝映画(以下「東宝映画」という。)及び東宝映像が製作を担当する場合に沿つて説明する。
(ア) 右両社はそれぞれ製作部長の下に各作品の製作担当者一名を決める。製作担当者は決定されたスタツフに台本を渡し、約二週間から一か月間の準備作業を始める。準備作業には製作担当者のほか、監督、撮影、照明、美術、録音の各技師が参加する。まず撮影所内のスタツフルームに集まり、台本の推敲と場面の決定につき技術的意見を述べ、またロケーシヨン・ハンテイングのため各地に赴く。技師の意見は重視されるが、それらは製作担当者を通じて示される予算及び予定製作日数の範囲に拘束されている。
(イ) 次に製作担当者が製作部長の承認を得て日程等を決定する。その内容はスケジユール表に記載され、技師等製作担当者に示される。スケジユール表には、月日、ロケーシヨン又はステージの別、場面、シーンナンバー、出演者、小道具等が記載されている。スケジユール表は必要に応じて変更され得るが、その決定は製作担当者が製作部長の承認のもとに行う。
(ウ) 毎日の予定は製作担当者が助監督チーフと協議のうえ決定し、通常契約管理室前に掲示されるとともに、予定表に記入され製作助手を通じ各技師に手渡される。技師をはじめ製作関係者はすべてそのスケジユール表及び予定表に拘束され、それに従つて具体的な仕事を進める。
したがつて、具体的労働過程において製作会社が技師を指揮監督していることは明らかであり、被告会社は製作会社を通じて技師に対し指揮監督権を行使している。
(4) 器材等の管理保守
技師は被告会社所有の器材のみを使用して、映画製作の労働に従事している。被告会社はそれらの管理保守について、契約上技師に対し善良なる管理者としての責務を負わせている。
新しい器材を購入した際には、被告会社が主催してその取扱いについての説明会を開き、技師を参加させている。
技師の不注意により器材の破損、紛失等があつた際には、場合により技師が始末書を書くことを被告会社から命ぜられたこともある。
(5) 就業規則等の適用
本件契約の契約書一二条に「乙は甲の定める服務及び業務上の諸規定並びに諸通達を守ることを承諾する」と定められている(甲は被告会社のことであり、乙は各原告のことである。)。また、「社員」である助手については就業規則が明示されており、それに従つて仕事に従事している。映画製作は各担当者が有機的に結合して進められる以上、技師もその就業規則を守らないと仕事が円滑に進まないことは明らかである。したがつて、原告ら技師は就業規則の適用を受け、ただ技師としての仕事の内容及び報酬の決め方等の特殊性により、他の従業員と同一の適用が不適当な規定については、その適用が排除されているにすぎない。
また、製作会社作成のスケジユール表及び予定表は、具体的労働過程を規律する点で就業規則の補完的な役割を果たしている。
(6) 製作担当以外の時間
製作担当以外の時間は出社を要しない勤務時間と評価すべきであり、その意味で被告会社の拘束が及んでいる。
(ア) 社員である助手は、就業規則上の勤務時間(午前九時から午後五時まで)に関わりなく、映画製作のスタツフに入つていない場合は、午前一〇時から午後一時三〇分までの三時間三〇分が出勤時間とされている。
(イ) 技師の労働は、高度に芸術的技術的なものである。そこで、原告ら技師は日本で封切られる映画の殆んどすべてを見るとともに、演劇の鑑賞、読書、展覧会、音楽会等にかなりの時間を費し、仕事の参考にしている。
(ウ) 原告ら技師は、出勤しない場合には原則として自宅に待機していることになつている。外出する際には、被告会社等と常に連絡がとれるように居場所を家族に知らせるようにしている。
(7) 稼働日数
原告らの実際の労働日数は、撮影開始から直接的な製作担当終了の日までの、いわゆるクランクインからクランクアツプまでの日数だけではなく、各作品につき約二週間から一か月の準備作業及びクランクアツプ後の検定試写等映画製作上不可欠な仕事や器材、設備の改善・点検や劇場クレームの処理等の仕事にも被告会社の指示に従つて従事している。
なお、最近の稼働日数の減少は、自社製作本数の減少等すべて被告会社側の事情によるものである。
(8) 労働の特殊性
映画製作は、各部門担当者が有機的結合のもとに芸術的労働を提供し一つの総合的芸術作品を完成させる仕事であるので、監督、技術者、演技者それぞれの労働は多様な特殊性を有する。技師の労働も例外ではなく、労働の実態に対応して被告会社の具体的指揮命令の内容も様々な特殊性を有する。それらの特殊性や多様性は、被告会社の技術労働に対する指揮命令権をいささかも否定することを意味しない。
3 (一) 被告会社は同五一年六月二九日ころ、技術者のうち原告石井、同原、同渡会を含む満五五歳以上の者全員に対し、なんらの理由を示さないまま同年八月一日以降契約の更新を拒絶する旨の意思表示をなし、同日以降の報酬を支払わない。
(二) 同じく被告会社は、同五四年六月二九日ころ、原告高島、同伴、同平野、同福沢に対し、なんらの理由を示さないまま同年八月一日以降契約の更新を拒絶する旨の意思表示をなし、同日以降の報酬を支払わない。
4 本件契約は、いずれも期間の定めのない雇用契約であるから、右更新拒絶の意思表示は解雇の意思表示に他ならない。
しかし、右解雇の意思表示は、正当な理由のないものであり、原告らは依然として被告会社の被用者たる地位を有する。
5 原告らと被告会社は、従来から毎年一回、合意のうえ報酬の改定を行つてきたが、原告石井、同原、同渡会については同五〇年八月一日より同五一年七月三一日までの、及び同高島、同伴、同平野、同福沢については同五三年八月一日より同五四年七月三一日までの、各報酬及びその支払方法はそれぞれ別紙(一)ないし(七)の各二に記載のとおりである。
6 原告らのその後の報酬は、毎年七月末までに当年八月以降翌年七月までの分を毎年協議のうえ増額して決定し、協議が成立しない間は、前年分の報酬の支払を受ける約旨であつたが、被告会社が原被告間の雇用契約の存続を争うので協議決定するに至つていない。そこで少なくとも現在まで原告らにつき解雇時の報酬契約が存続している。
7 しかるに、被告会社は、原告石井、同原、同渡会につき同五一年八月一日以降の、同高島、同伴、同平野、同福沢につき同五四年八月一日以降の契約関係の存続を争い、報酬を支払わない。
8 よつて、原告らは被告に対し、別紙(一)ないし(七)各記載の雇用契約関係の存在の確認を求め、あわせて、雇用契約に基づき、請求の趣旨第二項記載のとおり、原告石井、同原、同渡会につき昭和五一年八月一日以降、同高島、同伴、同平野、同福沢につき同五四年八月一日以降、いずれも同五六年三月三一日までの各契約基本料及びこれらに対する請求の趣旨変更申立書送達の日の翌日である同五六年四月七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求の原因に対する認否
1 (一) 請求の原因1(一)の事実は認める。但し、映画の製作については定款上その定めがしてあるが、現在実際には被告会社が直接製作を行うことはなく、関連会社の東宝映画などが製作している。
(二) (1) 同1(二)(1)の事実中、原告石井がかつて被告会社の社員であつて退職したことは認めるが、入社と退職の年月日は確認できない。同人が被告会社を退職したあと、株式会社新東宝に雇用されたことは不知。その余は否認する。
(2) 同(2)の事実中、原告原がかつて被告会社に社員として雇用され、その後退職したことは認める。但し、その年月日は否認する。同人は昭和二二年六月一日入社し、同二三年四月二〇日退職し、同年一〇月一〇日再び入社し、同四二年八月三一日退職したものである。その余は否認する。
(3) 同(3)の事実中、原告渡会が昭和一三年四月二〇日被告会社に社員として雇用され、同三二年四月三〇日退職したことは認め、その余は否認する。
(4) 同(4)の事実中、原告高島が昭和二一年九月一日被告会社に社員として雇用され、同三二年八月三一日退職したことは認めるが、その余は否認する。
(5) 同(5)の事実中、原告伴が昭和一九年四月一日被告会社に雇用され、同年九月兵役のため一時退社し、同二〇年九月再雇用されたことは認める。同人はその後の同二五年五月二四日解職となり、同二六年一月一日再採用、同三四年七月三一日退職したものである。その余は否認する。
(6) 同(6)の事実中、原告平野が昭和二二年被告会社に社員として雇用され、同三九年六月三〇日退職したことは認める。
但し、雇用月日は同二二年三月二〇日である。その余は否認する。
(7) 同(7)の事実中、原告福沢が社団法人日本映画社に在籍していたことは認める。但し、入社年月日は不知。昭和二七年被告会社に社員として雇用され、同三九年六月三〇日退職したことは認める。但し、雇用年月日は、同二七年二月一日である。その余は否認する。
2 (一) (1) 同2(一)(1)の事実中、被告会社と原告らとの間に専属契約関係が締結されていたこと、原告らが他社の仕事に従事する際に被告会社が文書による承諾を与えたことがないことは認め、その余の事実は否認ないし争う。
(2) 同2(一)(2)の事実中、技師が他社から仕事をとつてきて、これを被告会社にもちこむ場合、他社と被告会社が技師の派遣について直接契約を締結するとの事実は否認する(この場合は、その契約内容は技師本人が自主的に取り決める。たまたま例外的に被告会社が本人の希望に従つてこれを代行することがあるにすぎない。)。被告会社あてに技師を指定して派遣の依頼があつた場合には、被告会社はその仕事を受注するかどうか検討し、指定された技師本人に要請を行い、本人と協議し、その承諾を得たうえで派遣する。他の仕事を請負つた場合の担当料については、原告ら主張のごとく一律に決定されているわけではない。原告らが被告会社以外のものの仕事に関与する場合として、原告ら主張のごとく<1>、<2>の(i)(ii)の三つの場合があることは認める。
(二) 同2(二)の事実は認める。
(三) 同2(三)の事実中、原告らが技師となる前に原告ら主張の期間、被告会社に雇用されていたこと、本件契約の期間が、通算すると原告ら主張の期間になることは認める。本件契約は期間の定めのあるものであり、更新が繰り返された結果、期間が長くなつたにすぎない。
(四) (1) 同2(四)(1)の事実中、原告らの報酬が契約基本料と作品担当料の二本立てになつていること、契約基本料は作品担当の有無に関わりなく支給され、その額は年単位で決められ、月割りで支払われること、作品担当料を定めるに際し、基準担当日数を一応決めていること、作品担当料が分割で支払われること、被告会社が昭和四九年一月二五日に技師に四万円支給したことは認め、契約基本料が生活保障給たる固定給であること、作品担当料が歩合給であること、前記四万円がインフレ手当であることは否認する。
被告会社と技師との契約方法には、原告らとの定め方のほかに、一本の担当料を定め、二本ないし三本分を年間保証し、月割りにして支払う方法(以下「年保証契約」という。)と一本の作品担当料の額のみを定め、作品を担当した都度支払う方法(以下「一本契約」という。)がある。前記四万円は映画「日本沈没」が大ヒツトしたことによる大入袋である。
(2) 同2(四)(2)の事実中、昭和四〇年ころより一般社員と比較して年収が下回る技師が出てきたこと(但し契約基本料((専属料))そのものは社員の基準賃金に比すれば高い)、技師会が被告会社と交渉を行つていることは認め、技師との契約にあたり、社員時代の収入を基礎として報酬を決定すること、一般従業員の給料に比べ雲泥の差のある報酬を受け取つた技師がいないことは否認する。
(五) (1) 同2(五)(1)の事実中、被告会社が映画製作に必要な器具・機材・資材を所有していること、原告らが映画を製作する技術を身につけていることは認める。
(2) 同2(五)(2)の事実中、被告会社が助手を社員として雇用していること、技師が助手の選任決定権を持つていないことは認める。技師を補助する助手の選定については製作会社が技師及び助手会の意見を聞いて決定するが、実態は技師の希望が強く入れられている。
(六) 同2(六)の事実中、昭和三六年当時、被告会社において技能契約者と呼ばれる者が働いていたこと、技能契約者は社員たる助手と同じ仕事をしていたこと、右技能契約者を「社員」化したことは認め、当時被告会社が技能契約者は技師と全く同じ契約関係にあると称していたこと、東宝映像に社員技師が存在することは否認する。
(七) (1) 同2(七)(1)の事実は否認する。
映画撮影は現在、製作会社たる東宝映画、東宝映像、東京映画株式会社(以下「東京映画」という。)、株式会社芸苑社(以下「芸苑社」という。)、株式会社青灯社(以下「青灯社」という。)(以下これらの関連製作会社を「五核」という。)が行つており、この場合には五核が、そして、外部プロダクシヨン等他社への発注の場合は他社が、それぞれスタツフの編成権を有している。
(2) 同2(七)(2)につき、製作会社のスタツフ編成の決定に対し、原告らが諾否の自由が認められていないことは認める。技師のうちでも、一本契約者には諾否の自由があり、年保証契約者には年保証分完了後は諾否の自由がある。
(3) 同2(七)(3)の事実は争う。
製作担当者の職務の主たるものは、予算の統制並びにそれに密接に関係する製作期間の統制である。製作担当者はプロデユーサー、監督の製作意図を考慮し、かつ技師の意見を徴したうえで、予算等の大枠に沿つて具体的な細目にわたる製作実行予算等を組み、それをスタツフに示して製作が順調に進行するように側面から協力し、映画製作のいわば環境作りを行う。その意味で製作担当者はマネージヤーのような性格を持つのであり、決して原告らが主張するように、技師に対し指揮監督権を行使するような立場にはない。また、被告会社は製作会社のスタツフに組み込まれた派遣技師に関し、なんらの監督権も持たない。
(4) 同2(七)(4)の事実中、技師が契約上機材等の取扱いについて善管注意義務を負つていること、新しい機材購入に際し、被告会社がその取扱い等につき説明会を開き技師の参加を求めることは認め、技師の不注意により機材の破損等があつた際に技師に対し始末書の提出を求めたことがあるとの点は否認する。なお、機材等の管理は製作会社が行つており、技師にさせたことはない。
(5) 同2(七)(5)の事実中、契約書一二条に原告ら主張の文言の定めがあること、助手が社員であること、助手に就業規則が適用されることは認め、その余の事実は否認する。
(6) 同2(七)(6)冒頭の事実は否認する。
(ア) 同2(七)(6)(ア)の事実は否認する。社員である助手の勤務時間は、製作に携わつていないときでも午前九時から午後五時までである。ただ午後一時三〇分以後は仕事のない時には早く帰宅してもよいという慣行になつているにすぎない。
(イ) 同2(七)(6)(イ)の事実中、技師の仕事が高度に芸術的技術的なものであることは認める。
(ウ) 同2(七)(6)(ウ)の事実中、原告ら技師が出勤しない場合には原則として自宅に待機していることになつているとの点は否認する。
(7) 同2(七)(7)の事実中、機材、設備の点検等につき技師にも協力してもらつていることは認める。ただ、このための日数は殆んどとるに足らない日数である。稼働日数の減少が被告会社の責任であるとの点は争う。
(8) 同2(七)(8)の事実中、映画製作に参加する者の提供する仕事の内容が極めて多様であり、それぞれ特殊性を有しており、芸術性を帯びているものであることは認め、その余の事実は否認する。
3 (一) 同3(一)の事実中、被告会社が満五五歳以上の技術者全員に対し、請負契約の更新をしない旨通告し、昭和五一年八月一日以降の報酬を支払つていないことは認める。但し、「なんらの理由を示さないまま」とある点は否認する。
右請負契約を更新しない旨の意思表示は十分な余裕をもつて同五〇年七月一九日になしており、その際更新しない理由を詳細に説明し、その後も更新拒絶の事情などについて多数回にわたり技師会と交渉をもち、同五一年六月二九日には期間満了を前にして確定的に更新しない旨の意思表示をしたものである。
(二) 同(二)の事実中、昭和五四年六月二九日付をもつて原告高島、同伴、同平野、同福沢に対し、同年八月一日以降契約を更新しない旨の意思表示をし、同日以降報酬を支払つていないことは認め、その余は否認する。
4 同4は争う。
5 同5の事実中、原告平野の作品担当料が一作品につき五八万円であるとの点は否認し、その余は認める。
6 同6の事実は、全部否認する。
7 同7の事実は認める。
三 被告の主張
1 請負契約
本件契約は雇用契約ではなく、技術者としての請負契約である。それを裏付ける事実は以下のとおりである。
(一) 技術者らと請負契約制度を採用した事情
被告会社は、昭和二一年一〇月以降数次に及ぶ労働争議を繰り返した後、当時被告会社に所属していた技術者としての資格を有する従業員は、同二三年一一月に退職した。その後同二五年一月、被告会社が映画の自主製作を再開するに至つたとき、映画製作について高度の芸術的感覚と素養・経験ないしは練達した特殊技能を有するプロデユーサー、監督、技術者のグループを集めることになつた。その際、(イ)芸術家・特殊技術者としての自覚・自尊心・立場等を尊重し、作品を製作するときに限つて出社する、(ロ)芸術家としての能力・評価、俳優としての人気・演技力、特殊技術者としての技能・経験に重点を置いて選んだうえ、対外的に競争会社との関係上、被告会社専属とする、(ハ)技術者については技能経験本位に作品担当料を各人ごとに定め、さらに付加的に作品担当量により報酬も増大するような措置をとり、一般従業員との雇用関係とは全く異なつた契約関係であることを相互に意識し、確認し合い、技術者らはこれを了解のうえ、請負契約関係に入つた。したがつて、本件紛争に至るまで、技術者と被告会社との関係が雇用契約であるとの主張は、かつてなされたことがなかつたし、技術者らも一般従業員とは違う立場であることに自尊心と誇りを抱いていた。
請負契約制度を採用した当時から今日まで、技術者らの登用については、外部から優秀な人材を迎えて契約をした者もあり、技術の習熟・経験の度合と技能の熟達度等を考慮して、助手(身分は従業員)からいつたん雇用契約関係を合意解約したうえ改めて登用した者もあり、いずれの場合でも各個別に技術者らとそれぞれ話し合いの結果請負契約関係に入つた。したがつて、各技術者について請負契約関係に入つた始期もおのずからまちまちとなつた。
以上のような経過でこの制度を採用したため、採用当時の監督、俳優、技術者等専属契約者の報酬は極めて高く、一般従業員の給料に比較すれば雲泥の差があつた。
(二) 原告らを含む技術者らとの合意
技術者らは前記(一)のとおり、被告会社のこの制度採用の趣旨を了解したうえで請負契約を締結したのであつて、原告石井とは、昭和二八年一月前記趣旨のもとに外部からの導入者として請負契約関係に入り、同原は同四二年九月、同渡会は同三二年五月、同高島は同三三年九月、同伴は同三四年八月、同平野及び同福沢はいずれも同三九年七月、それぞれ助手からの登用者として退職金を受領していつたん退職したうえ、あらためて前記趣旨のもとに技術者として請負契約を締結した。
請負契約の期間は二年ないし一年とした例が多いが、本件契約が雇用契約であるとの認識があつたとすれば、労働基準法一四条に違反するような二年の期間を定める理由がない。
また、同四〇年から同五〇年までの一一年間だけをとつてみても、被告会社の方から契約更新をしないと申し出て契約を打ち切つた技術者の数は、八部門(撮影、照明、録音、結髪、記録、デザイナー、編集、特殊撮影)だけで一三名にのぼる。また技術者の方から契約打切りの申し出がなされた例も数多くあり、前記期間だけでも八部門で二八名となつている。
このように契約を打ち切つた場合、その申し出がいずれからなされたかを問わず、被告会社は「退職金」を支払つたことはない。ただし、餞別金を支払つた例はいくつかあるが、餞別金を支払うか否か、支払うとしていくら支払うかは全く被告会社が任意に決定し、基準となるものも存在しなかつた。
(三) 被告会社は映画製作に携わる技術者スタツフの編成権を有していないし、技術者の提供する技術に対する指揮支配を行つていない。すなわち、スタツフはプロデユーサー、監督との特定のつながりや人間関係、好み等によつて定まることが多く、撮影自体について技術者らの提供する練達した技術の持ち味を巧みに引き出し、これをうまく使いこなすのは監督の手腕であり、技術者の提供する技術に対して直接被告会社や五核の従業員が指揮支配することは全くない。これに対し、従業員である助手は、出向先である五核の命により技術者らの技術提供にあたつて補助的作業を技術者の指示どおり行うように命ぜられている。
(四) 技術者の報酬が、年令や技術者となつた時期、経験年数等とは無関係に、各技術者との個別の話合いによりその技術内容・質を中心として決められてきた。
(五) 同五一年七月末日をもつて被告会社が請負契約を打ち切つた技術者の中にも、撮影の中井朝一(当時六五歳)、記録の木村靖子(当時六三歳)、同じく記録の藤本文枝(当時六四歳)のように、年保証額の定めがなく一本の作品担当料の額のみを定め、作品を担当した場合にだけ報酬を支払うことにしているものもいること。このような人達は作品の担当についても、被告会社の担当申入れを自らの都合と自由意思により拒否することが可能である。
(六) 他のプロダクシヨンや舞台、放送、テレビ等の仕事をすることが認められていたこと。契約書のうえではこの場合、被告会社の文書による承諾が必要である旨記載されているが、実際には現に五核で映画製作の担当中のため、他社作品を担当することによつて、本来の技術者としての技術の提供に現実に支障をきたすことがない限り、これを無条件に認めていた。
(七) 原告ら技術者には就業規則は全く適用されないこと。
(1) 技術者には就業時間という観念が全く存在しておらず、作品担当のときを除いては、自宅にいようとどこにいようと、また何をしていようと全く自由である。スタジオに出る契約上の義務もない。海外へ旅行する時は、外国在留中のトラブルや事故に備えて一応届出をすることになつているが、それ以外の場合は長期に国内旅行する場合であつても、病気入院の場合であつても届出の必要すらなく、どこで何をしていようと、それは技術者の自由である。
技術者らの稼働日数は各人それぞれまちまちであり、原告らとの契約関係を打ち切る直前の一年間をみると、原告石井が二〇一日、同渡会が一〇一日、同原が零日、同高島が約一〇〇日、同伴が約一〇三日、同平野が零日、同福沢が約二〇日となつている(それぞれクランクインからクランクアツプ又は完成までの稼働日数)。
(2) 技術者には就業時間という観念自体が存在しないので、タイムカードも出勤簿もなく、時間外労働という観念もなく、休憩・休日の制度もなく、仮に日曜、祝祭日等に撮影があつても休日労働という考え方もなければ、振替休日という観念もない。
(3) 有給休暇等の諸休暇、賞罰に関する取扱い、休職の措置等も全く適用される余地がない。
(4) 一般の従業員は採用後身元保証人をつけることになつているが(就業規則三四条以下)、原告ら技術者には身元保証人をつけさせることもない。
(5) 従業員であれば常に着用しなければならないことになつているバツジも(同規則一三条一号)、技術者には付与していない。従業員から請負契約に切替えになつた者については、切替前の退職時に被告会社にこれを返還させている。
(6) 被告会社の福利厚生施設の利用については、一般従業員とは取扱いを異にしている。
(八) 原告ら技術者は、独立した事業者として事業所得申告を行つていること。
(九) 被告会社にはその従業員をもつて組織されている労働組合(全国映画演劇労働組合東宝支部)があり、ユニオンシヨツプ制をとつているが、原告ら技術者は同組合に加入していない。
2 雇用契約の期間満了
仮に、本件契約が雇用契約であるとしても、右契約は期間の定めのある契約であり、原告石井、同原、同渡会との間では、昭和五一年七月末日をもつて、同高島、同伴、同平野、同福沢との間では、同五四年七月末日をもつて、いずれも契約期間満了により、雇用契約は終了した。
3 解雇(整理解雇)
(一) 仮に、本件契約が雇用契約であり、かつ、期間満了(前記2)により終了しないとしても、被告会社は、昭和五一年六月二九日ころ、原告石井、同原、同渡会に対し、同年七月末日をもつて、同じく同五四年六月二九日ころ、原告高島、同伴、同平野、同福沢に対し、同年七月末日をもつて、それぞれ解雇する旨の意思表示をした。
(二) 解雇した事情は、以下のとおりである。
(1) 映画産業の衰退――構造的不況
(ア) 上映館、観客数の激減
映画産業は、昭和二〇年代から同三〇年代前半、急速な回復伸長期を迎えた。しかし、同三五年をピークとして、その後は一年ごとに映画製作本数は減少の一途をたどり、邦画館、洋画館、混映館の総計は、同年全国で七四五七館あつたものが、同五一年度では二四五三館に激減し(最盛期の三二・八パーセント)、このうち邦画上映館の衰退は特に著しく、同三五年に五一三二館あつたものが同五一年には一二一四館へと激減した(最盛期の二三・六パーセント)。これは入場人員の激減と表裏一体の関係にあり、全国総観客人員数は、同三三年に延一一億二〇〇〇万人であつたものが同五一年は延一億七〇〇〇万人(同三三年の一五・一パーセント)へと急落している。この数字は入場人員の落ちこみが上映館の減少率よりもはるかに著しかつたことを示し、残存館の一館当りの入場人員も相対的に激減したことを示しており、上映館の興行収支も悪化の一途をたどり、これがひいては上映館の減少に拍車をかけることにもなつた。
このような事態となつた大きな原因としては、昭和三〇年代以降のテレビ、特にカラーテレビの大量生産と全国的普及及びレジヤーの多様化があげられる。
(イ) 製作本数の激減
右のような事情は映画製作本数にも大きな影響を及ぼし、邦画の製作本数は昭和三三年の五一六本が同五〇年には三三三本となつた。この中でも特に大手各映画会社の製作本数の減少が激しく、同三三年の五一三本が同五〇年には一五六本へと激減した。大手各社は製作本数の激減と人件費等の高騰から製作配給収支の悪化を招来するに至り、同三六年には新東宝が、同四六年には大映がそれぞれ倒産し、同四七年以来日活は普通映画より撤退し、いわゆるポルノ映画製作に依存する状態となつた。
(2) 被告会社の製作本数の急減と従来実施した合理化
(ア) 被告会社の映画製作本数もまた前記(1)と同様の途をたどり、昭和四〇年には自社作品、関連製作会社作品、外注作品を合わせて総計四八本あつたものが、同五一年には総計二一本に急減した。それでも、被告会社においては、優れた作品の企画により邦画の製作配給部門収支は同四三年までは何とか黒字を維持できたが、同四四年(同年二月~同四五年一月)には五億、同四五年(同年二月~同四六年一月)には一〇億を超える赤字となつた。
この主な原因は、<1>観客数の激減、上映館の減少等マーケツト(市場)の縮小により作品ごとの原価に見合う配給収入が得られなくなつたこと、<2>マーケツトの縮小により配給本数が減少しつつあつたにも拘らず、撮影所の製作体制は最盛期に近い量産体制を維持したままであつたため、一作品当りのコストが上昇したこと等であつたが、このような事態の放置は被告会社の経営危機を招くことが必至であり、撮影所の改革合理化を断行することになつた。
(イ) 被告会社は、昭和四五年三月、撮影所の機構を改革し、製作部、美術部、映像事業部、管材部、機材部の五デイビジヨンを設け、各デイビジヨンごとの独立採算をはかることにし、
(i) まず同年四月、美術部を東宝美術として分離独立させ、映画の美術部門の請負のほか、CF(コマーシヤル・フイルム)、テレビ等劇映画以外の映像の美術部門の請負、外部催事場、遊園地等諸施設の企画、設営、建築、インテリア関係への進出、園芸部門の拡張等映画製作本数の減少に対応して営業活動分野を広く対外的に開拓することとし、
(ii) 同四六年四月、映像事業部を東宝映像として分離独立させ、特撮映画の製作、CF、テレビ等劇映画以外の映像製作の請負、映像に関連ある催事場の請負、編集、ダビングの請負等従来の技術を生かして被告会社の映画製作の請負から外部の新規映像部門へ積極的に進出することとし、
(iii) 同年一一月、製作部を東宝映画として分離独立させ、製作、配給相互の責任の所在を明確にするとともに、従来被告会社自体において行つていた劇映画の製作を、東宝映画の自主性において行うこととし、市場の変化に対応しうるコンパクトで機能的な製作責任体制へと移行するに至つた。
(ウ) 前記東宝映画の分離独立に際し、映画製作に従事していた前記主要八部門を含む各部門の技術者を補助する助手であつた被告会社の従業員については、自主製作体制三班分の人員一二二名を二班分の人員七四名に縮小し、余つた四八名については被告会社の他部門及び系列関連会社に職種転換による配置換えを行い、従来どおり製作関連業務につく七四名については、全員東宝映画に出向させた。また俳優(演技者)についても、従来の専属契約を打ち切ることにし、同四〇年には二一〇名、同四六年には一二七名いた専属俳優も同四七年には二一名に減少、同五一年に一名だけ(実質零)とした。
(エ) このように被告会社は合理化を断行したが、監督、技術者らの契約者については、その際契約の打切り等適正人員への縮小措置をとらなかつた。その理由は、技術者らの実質稼働数が従来と変らなかつたからでも、また将来実質稼働数を維持増加できる見通しがあつたからでもなく(八部門の技術契約者の延稼働数は、昭和四〇年が二六六人、同四六年が一四七人、同五一年は九二人である。)これらの契約者が容易にほかに職種転換がし難い人たちであり、外部プロダクシヨンに製作を外注する場合にも契約者を派遣し使用してもらえる余地があるものと考え、また一気に徹底した合理化を断行することによつて生ずる混乱やそのため映画製作に支障をきたすことを恐れたためであつた。その結果、余剰な契約者をそのままかかえこむこととなり、この事情が同五一年以降の合理化(以下「本件合理化」という。)をせざるを得ない背景となつた。
本件合理化より前の合理化の結果、同四四、四五年に引き続き、同四六年に一一億円、同四七年に九億円を超えた映画製作配給の収支赤字(五核及び東宝美術の収支を含む)は、同四八年は一億三〇〇〇万円の赤字に縮小し、同四九年には「日本沈没」のヒツト作品もあつて七〇〇〇万円の黒字となつた。
(3) 本件合理化を必要とする理由
(ア) 前記(2)のごとく昭和四五、四六年にわたる合理化の効果とその後の必死の経営努力により、同四九年度には映画の製作配給収支(五核及び東宝美術の収支を含む)は七〇〇〇万円の黒字を出すにいたつたが、
(i) 同四八年のいわゆる石油シヨツク以来景気の下降、停滞が引き続き、東宝美術、東宝映像とも外部の受注獲得が困難となり、反面人件費等の高騰もあつて両社の経営を悪化させ、
(ii) 当初技術者らの契約者を外部プロダクシヨンへの発注映画に使用してもらえるものと思つたのが実際には殆んど使用してもらえず、製作本数に見合う適正人員をはるかに超えた契約者への支払報酬も圧迫材料となつて、映画製作配給の収支は同五〇年度(同五〇年二月~五一年二月)は再び四億円を超える赤字となつた。
(イ) そこで被告会社では過去五年間にわたる製作実績本数と将来の見通しのうえに立つて、契約者を稼働使用することができる製作本数として東宝映画一〇本、東宝映像二本、東京映画四本、芸苑社二本で合計一八本、それにプラスアルフア分として二本を見込んで合計年間約二〇本を製作可能実数と判断し、これに必要な契約者としては約五〇名程度が適正人員であると判断した。ところが同五〇年八月一日現在の契約者数は、被告会社が八八名、東宝美術が一一名、東宝映像が一二名で合計一一一名となり、右の適正人員の二倍以上である。そこでこれを五年計画をもつて同五六年八月一日現在で合計約五〇名になるように減員していくためには、各部門を通じ満五五歳を超えた者と契約を更新しないことにしていけば毎年少しずつ減員し続け、五年計画で適正人員である合計五〇名にもつていくことが可能であると判断した。
本来ならば即時半数以上の契約を打ち切るのが最も合理化にふさわしいのであるが、殆んどの契約者が被告会社の元従業員であつたことや満五五歳未満の者を打ち切ることに対する生活への配慮等から、一般従業員に適用している定年年令五五歳(就業規則五八条、労働協約三〇条)を一応の目安として専属契約を打ち切り、以後は一本ごとに必要により作品を担当してもらうこととして契約者数の調整措置をとることにした。契約者の技能にはそれぞれ多少の上下があり、満五五歳を超えてもそれ以下の人より技能、体力とも優れている人が中にはいることは本件の場合のみならず一般論としても否定できないが、しかし、一般に企業、団体でとられている定年制は一律公平に一定の年令に達した者が後進に道を開き企業内の新陳代謝を図るところに狙いがあり、またその定年年令はそれぞれ企業の従業員構成、経営状況、同種産業の実情、社会一般の趨勢等を考慮して設定されるものである。契約者の場合、個々の技能の優劣を判定することが全く不可能というわけではないが、映画製作は監督・技術者以下多くのスタツフが相協力して作品を仕上げていくものであり、個々の技術者の技術の良否を数字で割り切れるように作品製作への寄与と直接的な関係でとらえて評価することは問題がある。
したがつて、本件合理化にあたつて、被告会社の一般従業員の定年が満五五歳であること、我国においては当時(同五一年)まだ満五五歳定年というのが社会では最も一般的に受け入れられていた定年年令でもあること等を念頭に置き、技術者の数、構成、技術者に急激な負担をかけない削減への方途をまさぐりながら、満五五歳をもつて一律に技術者の専属契約を打ち切ることにしたのであつて、それには十分な合理的な理由がある。
(4) 被告会社は本件合理化を実行するにあたり、五年計画による契約者数の削減を計画的にはかるため、昭和五〇年七月、プロデユーサー会、監督会、技師会及びこれらの会に加入していない各技術者らに対し、被告会社の映画製作の現状、製作本数と契約者数のアンバランスの現状、製作本数年間約二〇本目標とするためにとるべき合理化の方策等について提示し、その際、
(ア) 契約者全員の契約期間を同五一年七月三一日に終了となるように契約期間を統一する、
(イ) 同五一年八月一日現在満五五歳に達している契約者との契約は同年七月末日をもつて打ち切る、
(ウ) 契約打切り後、技術者について必要があるときは、その都度の作品担当契約で技術を生かしてもらう、
(エ) 満五五歳に達しない者についても、将来被告会社の経営状況如何によつては従業員として再雇用し、職種の転換をしてもらうこともあり得る、
(オ) 契約者として残る者についても、毎年満五五歳に達した者には契約打切りを行い、五年計画で適正な契約者数とする、
(カ) 同年七月末日をもつて契約打切りとなる契約者には餞別金を支払う、
等を骨子とする提案について説明し、その後期間満了までの一年間、技師会及び技師会に加入していない各技術者らと継続して交渉を重ねたが、原告石井、同原、同渡会を含む技術者一六名(被告会社との契約者一四名、東宝映像との契約者二名)のみは被告会社等の提案を受け入れず、やむなく期間満了の一か月前に契約を打ち切る旨を予告のうえ、同五一年七月末日の期間満了をもつて契約を打ち切つた。
(5) 昭和五一年合理化以降の被告会社の映画製作配給収支及び映画製作・配給の状況
(ア) 被告会社の映画製作配給収支は、同五一年は前年にひき続き二億円を超える赤字となつたが、同五二年は「八甲田山」の日本映画界始まつて以来といわれる空前の大ヒツトによる予想外の配給収入と横溝作品、ホリプロ作品の好調もあつて二億五〇〇〇万円の黒字となつた。しかし、同五三年(同五三年三月~五四年二月)は、製作・配給本数が一段と減少したことと、大型作品が所期の興行成績をあげ得なかつたこと等から、再び七億二五〇〇万円という巨額な赤字となつた。
(イ) また、映画界をとりまく環境は、被告会社が同五〇年に本件合理化案を策定した当時より予想以上に厳しかつたのであり、製作・配給した本数は製作可能と見込んだ年間約二〇本を大幅に下回り、同五二年は一六本、同五三年は一三本へと減少した(いずれも旧作の再映本数とアニメーシヨン作品を除く本数)。このように製作・配給本数が減少した主な原因は、第一に、いわゆる「大作一本立長期興行」の定着である。すなわち、テレビ及び外国映画作品に対抗するため、多額の製作費をかけた映画(いわゆる大作)を製作し、大作は必然的に大型の宣伝を必要とし、従来日本映画界で通例であつた二本立興行を大作に限り一本立に変化させるとともに、多額の製作費、宣伝費の回収に見合うだけの長期興行が行われるようになつた。第二に、アニメーシヨン(動画映画)の増加であり、アニメーシヨンの製作過程は劇映画のそれと異なつているので、劇映画と同じようには技術者の稼働を必要としない。この製作・配給本数の減少は技術者の稼働を一段と少なくした。
(ウ) さらに、被告会社が映画製作を外部プロダクシヨンに発注した場合に被告会社の技術者を使つてもらえると目論んでいたが、この場合、プロダクシヨンや監督の意向あるいは従来の人間的つながり等が強く反映し、被告会社の技術者は容易には使用してもらえなかつた。このことも技術者の稼働を一段と減少せしめる要因となつた。
(6) こうしてむかえた昭和五四年七月末日の契約満了時点において、新たに満五五歳に達した契約者は原告高島、同伴、同平野、同福沢ほか四名(東宝映像、東宝美術との契約者各一名を含む)だつた。被告会社は技師会との交渉や個別の説得により、本件合理化を引き続き継続実施せざるを得ないこと、被告会社をとりまく環境は右合理化案作成時より一段と厳しくなつていることを説明し、契約打切りを了承してくれるよう交渉協議を重ねてきた。打切りにあたつての条件面での提案内容が原告石井、同原、同渡会らの場合と同様(餞別金については上乗せ案)であることはいうまでもない。しかし、容易に納得が得られないため、やむなく契約期間満了一か月前に契約打切り(解雇)の意思表示をした(これに対し、三名の技術者は会社提案を了承した。)。
(7) 以上のように、被告会社の経営上の理由による原告ら技術者の削減の必要性、技術者の生活を配慮した削減の方策、一般従業員の定年年令満五五歳を契約打切りの基準としたことの合理性、契約打切りの実施にあたつての事前の十分な説明協議の実態、契約打切りの後の生活への配慮(餞別金の支払)、作品ごとの個別契約の可能性等を総合してみれば、原告らに対する契約の打切り(解雇)には十分合理的な理由がある。
四 被告の主張に対する原告らの認否
1 被告の主張1の冒頭の事実は否認する。
(一) 同1(一)の事実中、被告会社の労働争議、右争議後技術者としての資格を有する従業員が退職したこと、被告会社が自主製作を再開したこと、技術者らが外部及び従業員助手から登用されたことは認め、その余の事実は否認する。
(二) 同1(二)の事実中、原告原、同渡会、同高島、同伴、同平野、同福沢が、退職金を受領したうえいつたん被告会社を退職したことは認め、技師のうち、被告会社の都合によつて契約関係を打ち切つた者が多数存在すること、餞別金を支払うか否か、支払うとしていくら支払うかは全く被告会社が任意に決定し、基準となるものも存在しなかつたことは知らない。
その余の事実は否認する。
(三) 同1(三)の事実中、助手がそれぞれ出向先である被告会社の関連会社の命により技術者らの技術提供にあたつて補助的作業を技術者の指示どおり行うように命ぜられていることは認め、その余の事実は否認する。
(四) 同1(四)の事実は否認する。
(五) 同1(五)の事実は認める。
(六) 同1(六)の事実は否認する。
(七) 同1(七)の事実中、(1)は否認し、その余の事実((2)ないし(6))は認める。
(八) 同1(八)、(九)の事実は認める。
2 被告の主張2(雇用契約の期間満了)の事実は否認する。
3 (一) 被告の主張3(一)の事実は認める。
(二) (1) 同3(二)(1)の事実中、上映館、観客数の激減の原因に関する事実は否認し、その余の事実は認める。
(2) (ア) 同3(二)(2)(ア)の事実中、被告会社の昭和四〇年及び同五一年における製作本数は認め、その余の事実は否認ないし知らない。
(イ) 同3(二)(2)(イ)の事実中、五デイビジヨンの独立採算をはかつたこと、被告主張の時期に東宝美術、東宝映像、東宝映画の各関連会社を設立したことは認め、その余の事実は否認ないし知らない。
(ウ) 同3(二)(2)(ウ)の事実中、助手の縮小及び出向を行つたこと、演技者を削減したことは認めるが、その具体的数字は知らない。
(エ) 同3(二)(2)(エ)の事実は、否認ないし知らない。
(3) (ア) 同3(二)(3)(ア)の事実は知らない。
(イ) 同3(二)(3)(イ)の事実中、昭和五〇年八月一日現在の契約者数及び被告会社の一般従業員の定年年令が五五歳であること(被告会社は労働組合とその旨の労働協約を締結している)は認め、その余の事実は知らない。
(4) 同3(二)(4)の事実中、原告石井、同原、同渡会を含む技術者一六名に対し、被告主張の予告がなされたことは認め、その余の事実は否認ないし知らない。
(5) 同3(二)(5)の事実は、否認ないし知らない。
(6) 同3(二)(6)の事実中、原告高島、同伴、同平野、同福沢を含む八名が昭和五四年七月末日現在満五五歳であつたこと、右八名に対し、被告主張の時期に解雇の意思表示をしたことは認める。
(7) 同3(二)(7)は、争う。
五 原告らの反論
(反論一 整理解雇の無効)
被告会社の原告らに対する解雇(以下「本件解雇」という。)は、被告主張の「被告会社の経営上やむを得ない合理的理由」がなく、無効である。
1 映画産業衰退の原因
映画産業衰退の原因は、「テレビの普及」と「レジヤーの多様化」にあるのではなく、大量製作と大量販売を競つた結果としての映画の質的低下、観客の多様化、高度化する要求に応え得なくなつた低コスト商品の氾濫によつて、観客が入場料を支払つてまで映画館に入ろうとはしなくなつた点にある。
2 被告会社の映画製作配給部門が弱体化した原因の一つとしての不動産業等への進出
被告会社の有価証券報告書によると、被告会社は入場人員が頂点に達した昭和三三年度から同四三年度までの一一年間に(被告の主張によるとその間被告会社は製作配給部門で黒字を続けた)映画製作配給部門で大幅な収益を挙げている。この一一年間の同部門での収益合計(同部門の営業収入から営業原価を差し引いた額)は一八九億八一〇〇万円余りになり、その間の土地建物賃貸収入三〇億三六〇〇万円の約六・三倍に及んでいる。また、同三六年から同四三年までの映画興行部門の収益は二七二億二九〇〇万円にも達している。被告会社は、これらの映画製作配給興行部門からの大幅な収益を、映画部門の強化とその収益拡大のために映画部門に還流させて再投資するのではなく、その多くを他の不動産部門やその他の事業への投資に回した。
(一) 不動産の取得
被告会社は、まず資金を不動産取得のために費した。有価証券報告書によると、昭和四四年一月には土地一二億八三三〇万円、建物四八億八七九三万円を含め合計七〇億七〇一四万円に及ぶ有形固定資産を有するに至つた。
その後も被告会社が所有する有形固定資産額は急速に増大し、同五一年一月には一四一億一三八四万円(うち土地三二億五四七一万円、建物九七億七一五四万円)となつた。その一部から得られる土地建物賃貸収入も、同四四年一月の一八七三万円から同五一年一月には一五億四九八一万円に急増した。
このように、被告会社は自らの収入のうちで不動産収入が占める比重を増やしつつ、さらに東宝不動産株式会社(以下「東宝不動産」という。)、千代田土地建物株式会社(以下「千代田土地建物」という。)等の関連不動産会社を育成強化してきた。被告会社の東宝不動産に対する株式投資額は、同四四年一月の二億七八八八万円から同五一年二月には七億六六七二万円に増えた。
(二) 他事業への進出
また被告会社は総合レジヤー企業化と称して他の事業にも投資している。被告会社の関連会社は、有価証券報告書に記載されている数だけとつても、第六九期(同四二年一月三一日決算)の五六社から第八七期(同五一年二月二九日決算)の八〇社に増えている。被告会社の所有するこれら関連会社の株式総額は、第六九期の二〇億三二七六万円から第八七期には五六億三七七六万円に増大している。
(三) ボウリング場経営の失敗
被告会社は資本を有効に活用してこれらの関連子会社を通じて利益を得ているかというと、必ずしもそうではない。むしろ経営上数々の失敗を重ねている。その典型がボウリング産業への投資である。
被告会社は、昭和四四年九月から同四八年九月までの間に、東宝レジヤー企業株式会社等の関連会社を通じ合計一九のボウリングセンター(合計六九四レーン)を建設した。しかし、被告会社が本格的にボウリング産業に乗り出したのは、既にボウリングブームが頂点に達して、やがて一挙に衰退にむかおうとしている時期であつたため、極めて短い期間(設立から閉鎖までの期間は、長いものでも五年八か月、短いものでは一年四か月にすぎなかつた)のうちに撤退を余儀なくされた。しかもその際、被告会社は右関連会社に対し、立退補償金、機械建物除却損として次のとおり多額の金員を支払つた。
年度(決算期) 立退補償金 機械建物除却損
昭和四九年七月 六六〇〇万円 一億九七六六万円
同五〇年一月 二億七〇〇万円 六億九〇六〇万円
同年七月 三六〇〇万円 一億一二八〇万円
3 被告会社の映画製作に関する方針
被告会社は、テレビの普及による映画観客数の減少に対する対策として、それまでに蓄えた収益を新たな企画・製作のために還元し、より良質の映画を製作して観客の要求に応えるのではなく、逆にますます低コストの作品を大量に作ることによつて市場の独占支配を強め、そのことによつて当面の収益を維持しようとした。
そして、被告会社は製作費を切りつめるために次のような措置をとつた。
(一) 企画部門の軽視
被告会社は大量販売に見合う大量の製作企画を必要としたのに、企画部門に対しては、それを可能にする十分な投資を行わなかつた。そのため、担当者は自らの創造力を蓄え発展させる余裕を奪われ、企画内容に関する自主性を与えられぬままに、要請される作品本数に見合う企画作りに追われざるを得なくなつた。他方で経営者から安易な企画が一方的に示され、それに基づいて急拠製作せざるを得なくなることも少なからずあつた。
また、被告会社は企画を練るために役立ちうる観客層の分析、意識調査等のいわゆる市場調査についても全く実施していない。
このように、被告会社はますます多様化、高度化する観客の要求に応えるために不可欠である企画の重視、企画部門の育成強化という施策を一貫して怠つてきた。
(二) 製作日数の短縮
低コストの作品を大量に製作するために、被告会社は作品の製作日数を短縮した。予め定められた封切日から逆算して製作日数が決められる結果、封切日直前に完成が予定される作品が極めて多かつた。きりつめられた製作スケジユールは、労働強化とともに作品の質の低下をもたらさざるを得なかつた。
(三) 安上がり製作
製作費用を切りつめるため、被告会社は使用フイルム量・カラーラツシユ・使用機材等の制限、準備調査のための費用・セツト費・美術費の削減、全天候撮影の勧奨等を実施したが、これらもまた作品の質的低下をもたらした。
(四) 製作スタツフの縮小
映画製作では、それぞれの部門担当者が自らの創造性を発揮しつつ一つの総合的芸術作品を創り上げる。そこで製作スタツフの果たすべき役割は機械器具によつては容易に代替し得ない。一定の人員数を割ることはできない。
しかし、被告会社はあらゆる機会をとらえてスタツフの削減をはかろうとした。このことは作品の質に重要な影響を与えた。
また、撮影所従業員の削減が進められた結果、時として製作本数に必要な人員が確保できなくなり、そのためスタツフ数が削減されたり、技術に習熟していないアルバイトを使わざるを得なくなつたりした。
(五) 手抜き製作
これらの製作費用、日数、スタツフの切りつめの結果、製作現場では時としていわば手抜き製作をやらざるを得なくなつた。例えば、舞台装置、大道具小道具を大幅に節減したり、同じ物を異なる場面や違う作品に流用する等の手抜きが行われた。これらの手抜きは、作品の質を低下させる大きな原因の一つになつた。
4 被告会社の「合理化」に対する疑問
(一) 多大な利益
被告会社は現在でも多大な利益を得ている。最近一〇年間の営業収入と税引前純利益は次の表のとおりである。
営業総収入と税引前純利益の推移
(単位千円)
期
営業総収入
税引前純利益
純利益率
四二年
上
八、一九三、六九五
七八九、三五一
九.六
下
九、一〇〇、四三四
六五八、七九二
七.二
四三年
上
七、九七〇、四二七
四八五、六三九
六.一
下
九、七一九、八三一
七〇六、一〇五
七.三
四四年
上
八、七九八、八二二
七二〇、二五四
八.二
下
九、九六八、六七二
五六二、二七二
五.六
四五年
上
九、五五〇、二八九
七〇一、二八二
七.三
下
一一、三二二、五九五
六四七、四五八
五.七
四六年
上
一〇、四四五、七二一
八一五、四三四
七.八
下
一二、一四〇、五三八
七三七、六五九
六.一
四七年
上
一〇、七〇六、四二四
七五八、九三六
七.一
下
一二、八八七、二五〇
六三八、三九〇
五.〇
四八年
上
一二、七〇六、八四五
一、二一八、六二八
九.六
下
一六、八二一、九二七
一、三八三、四二四
八.三
四九年
上
一五、八九五、〇五三
一、五〇〇、四六七
九.四
下
一八、一四五、九九三
一、一〇九、九三五
六.一
五〇年
上
一六、九二九、八九六
九七八、七〇三
五.八
下
一九、七八七、三二四
一、四〇三、二〇一
七.一
五一年
四二、二六二、四三〇
二、七七一、〇二三
六.六
自昭和五一年三月一日
至昭和五二年二月二八日
(有価証券報告書より)
これによると、税引前純利益は昭和四二年の一四億四八一四万円(営業収入一七二億九四一三万円)に対し同五一年は二七億七〇〇〇万円余り(営業収入四二二億六二四三万円)と大幅にふえている。
特にいわゆる物価狂乱期に他の企業と共に飛躍的に純利益を伸ばし、会社臨時特別税の徴収対象にもなつた被告会社が、その後の不況で純益額を減少させる企業の多い中で、昭和五一年にも従来を上まわる純利益をあげていることは注目される。
さらに被告会社は、一貫して年一割五分の配当をしつつ資本準備金、利益準備金、別途積立金のほかに必要以上とも思われる貸倒引当金、退職金引当金等を計上し、さらに大幅な減価償却を行つて、実質上のいわゆる内部留保額を増大させている。
(二) 被告会社の「合理化」の「理由」(被告の主張3(二)の(2)及び(3)(ア))に対する反論
(1) 被告会社の有価証券報告書によると、少なくとも映画製作部門に関する収支は第六八期(昭和四一年二月一日から同年七月三一日)から第八七期(同五〇年八月一日から同五一年二月二九日)まで黒字である。
(2) 仮に、販売費及び一般管理費等又は関連製作会社等の収支を加えるにしても、いかなる根拠で右各期の赤字額又は黒字額が算出されるのか不明である。
(3) 昭和四三年の黒字から、同四四年、同四五年の赤字への転落の原因は、被告会社の主張するように一作品当りのコストの上昇では到底説明し得ない。すなわち、同四五年の一本当りの製作費は七六三〇万円(有価証券報告書による製作品原価上半期一一億一〇〇〇万円、同下半期八億七三〇〇万円、合計一九億八三〇〇万円を同年の製作本数二六本で除したもの)であり、同四三年の一本当りの製作費八六一〇万円(同じく上半期一一億一九〇〇万円、下半期一二億五〇〇万円、合計二三億二四〇〇万円を同年の製作本数二七本で除したもの)よりむしろ安くなつているからである。
(4) 同四五年三月の五デイビジヨンごとの独立採算制の採用(被告の主張3(二)の(2)(イ))、同年四月美術部を東宝美術として、同四六年四月映像事業部を東宝映像として、同年一一月製作部を東宝映画としてそれぞれ分離独立させたこと(同(2)(イ)の(i)ないし(iii))、東宝映画の分離独立の際に、助手の数を縮小し、余つた人員は職種転換による配置換えを行い、製作担当に残つた助手も全員東宝映画に出向させたこと及び俳優(演技者)についても従来の専属契約を打ち切つたこと(同(2)(ウ))の各「合理化」は、必ずしも同四八年の「赤字縮小」、同四九年の「黒字」転化に結びつかない。同四四年から同四七年の間の製作配給収益の減少は、ひとえにその間製作配給収入が落ちこんだことによる。そして、同四八、四九年には製作配給収入が大幅に増加しており、その結果として収益が増えたのである。
(5) 被告会社は、同五〇年度の赤字原因として契約者への支払報酬を挙げている(同(3)(ア)の(i)(ii))が、その根拠は極めて薄弱である。同五〇年度上・下半期の製作配給収入に対する製作配給費原価の割合は、それぞれ六九・一パーセントと六七・〇パーセントである。これは被告会社が、製作配給部門が黒字であつたとする同四一年(上期七一・〇パーセント、下期六八・三パーセント)、同四二年(上期六九・三パーセント、下期六七・八パーセント)、同四三年(上期七九・九パーセント、下期七二・二パーセント)よりいずれも低い数値である。
また、前年度と比較して同五〇年の製作配給費の増加は、わずか三八三〇万円であり、しかもほぼそれに等しい分だけ収入も増加している。
結局同五〇年の収益は一八億一九〇万円となつて、前年の一八億一六五〇万円を下まわること一四六〇万円にすぎない。
(6) 東宝美術、東宝映像の経営悪化の原因は、被告会社のいうような同四八年のいわゆる石油シヨツク以来の景気の下降停滞による外部受注の困難化や人件費の高騰(同(3)(ア)(i))のみにあるのではない。その主因は、被告会社が右両社からその主要な仕事である映画製作を取り上げ、両部門をスクラツプ化する政策をとつたことにある。
(7) 映画をめぐる外的条件が年々厳しくなつているといわれている中で、同四八年以降の製作配給収入が急激に伸長している事実は、良い作品、魅力ある作品さえ作れば、観客は増え収入も大幅に増える可能性があることを示唆している。
(三) 本件合理化までに実施した「合理化」の誤まり
(1) 被告会社が、その主張するような「合理化」をおしすすめ、撮影所各部門の分離独立、俳優の切捨て、助手の減員等の措置をとつたことは、むしろかえつて同社の映画製作・配給の部門を弱体化させることになつた。
(2) これらの措置は、映画製作における創造的な立案・企画の機能を拡散させてしまつた。企画の貧困は一層進んで、斬新な企画を生み出す活力を失わせた。東宝本体はそれぞれに分離独立させた各部門の企画を調整、チエツクするにとどまり、このことが商品の質を低下させることになつた。
(3) 東宝本体から突き離された各部門は、経済的に疲弊し、各部門ごとの収支が厳しくなり、各部門間に収益の配分をめぐつて軋轢を生ぜしめ、このことが仕事の能率を低下させることになつた。
(4) さらに、東宝本体は分離独立した各部門に製作を行わせることに消極的で、外部に製作させてその作品を買い取ることに積極的になつた。
外部プロダクシヨンへの発注、それからの買い上げをやめて、自社に蓄積された企画と技術と資材とを積極的に活用して全部自主製作すれば、契約者をもつとかかえられるだけでなく、助手や演技者を含めて撮影所の生産力を質量ともに向上させることができる。
5 解雇理由の説明はなかつた。
本件解雇にあたり、年間二〇本の製作を前提として、五年後に技術者を五〇名程度に減縮するために五五歳以上の者を解雇する旨の説明は行われなかつた。ただやみくもに、五五歳以上の者を解雇する旨の一方的説明があつたのみである。
(反論二 定年制に基づく解雇の無効)
1 原告ら各自と被告間には、被告会社の就業規則にある五五歳定年制を適用しない旨の合意があつた。
2 本件解雇は就業規則上の根拠なく一方的に導入した「技師定年制」を理由とするものであるから無効である。
六 原告らの反論に対する被告の認否及び再反論
(反論一)
1 原告らの反論(反論一 整理解雇の無効)1の事実は否認する。
2 同2冒頭の事実中、原告ら主張の数字が被告会社の有価証券報告書(以下「有報」という。)に記載されていること、昭和三三年度から同四三年度まで被告会社の製作配給部門が黒字であることは認め、その余は否認する。
(一) 同2(一)の事実中、原告ら主張の数字が被告会社の有報に記載されていること、東宝不動産、千代田土地建物を育成強化したことは認めるが、その余は否認する。
有形固定資産の投資対象は、殆んどが被告会社の営業の主柱である映画・演劇の製作、興行に関連するものである。なお、原告らは同四四年から同五一年にかけて有形固定資産が急速に増大したと述べているが、劇場等を新築、改修した場合、その取得価額を財務諸表上固定資産科目に計上することになつており、この時期は列島改造ブームによる土地価格の上昇、建築費の高騰があり、右の取得価額が急激に上昇したことと、ボウリング場の建設に進出したことが大きな理由であつて、右時期に被告会社が特に意識して投機的に不動産投資に力を注いだ事実は全くない。また、東宝不動産と千代田土地建物は不動産会社とはいつても、主として映画、演劇に関連のある事業を行つており、不動産への投機や投資を目的とした企業ではない。それゆえ、右両社を育成強化することは被告会社自体の利益にも寄与するところが多大なのである。
(二) 同2(二)の事実中、原告ら主張の数字が被告会社の有報に記載されていることは認め、その余の事実は否認する。
原告らの掲げる増加した重要子会社二四社は、その大部分が映画、演劇関連企業である。
(三) 同2(三)の事実中、原告らが主張する投資の時期等の事実関係は認めるが、被告会社が経営上数々の失敗を重ねているという点は否認する。
3 同3冒頭の事実中、被告会社がコストダウンをはかろうとしたことは認めるが、その余は否認する。
(一) 同3(一)の事実中、被告会社が企画部門に十分な投資を行わなかつたという点及び市場調査を全く実施していないという点は否認する。
(二) 同3(二)、(三)の事実は概ね認めるが、それらが作品の質の低下をもたらしたという点は否認する。
製作スケジユールに多少の無理が出たのは、タレント、俳優に出演を依頼した場合、それらの者が芸能界のスターであるため、その者の過密スケジユールに被告会社がどうしても無理をして合わせざるを得ないという制約があるためである。
(三) 同3(四)の事実中、スタツフの削減が作品の質に重要な影響を与えたという点、撮影所従業員の削減が進められた結果、スタツフ数が削減されたり、技術に習熟していないアルバイトを使わざるを得なくなつたりしたという点はいずれも否認し、その余の事実は概ね認める。
(四) 同3(五)の事実中、被告会社が手抜き製作を行い、それが作品の質を低下させる原因の一つとなつたとの点は否認する。
企業経営者としては、コストダウンをはかるべく節約できる装置等はできるだけ製作を省き経費の節減を考えるのは当然のことであり、原告らのいう流用も右の一環にすぎない。だからといつて、それが作品の質の低下に直結するようなことはない。
4 (一) 同4(一)の事実中、原告ら主張の数額が有報に数額として登載されていることは認める。
但し、原告らは有報の作成基準の変更等を考慮に入れておらず、同一の意味内容をもつた連続性のあるものとしてみている誤まりを犯しているようであり、また解釈の誤まりもある。すなわち、昭和四二年上期から同五一年までの各期における原告らのいう「税引前純利益」は、有報の作成基準が途中で変更になつたため、それを一つの表で連続してみても無意味である。連続して比較するためには、同一基準である税引後当期利益が妥当である(ここでいう税引後当期利益とは、現在損益計算書で通常使用されているものを指し、同五〇年以降の有報上では「当期利益」として表示されているものを指す。なお、同四九年以前の有報では「法人税等引当額控除後当期未処分利益剰余金うち未処分利益剰余金当期増加高」として表示されているものを指す。同四九年以前の有報上の「当期純利益」とは、営業損益と営業外収益及び費用を加除したものをいう。)。被告会社が比較の対象とすべきだと主張する税引後利益を比較対照すれば、同四二年より同五一年まで殆んど差がない(その増加額は同五〇年までは一億にも満たない)。
また、会社臨時特別税は、当初いわゆる石油シヨツクにより特別な利益を得た企業に対する特別徴税のごとく喧伝されたが、実際にはそういう性格のものとは変質してしまつた。
(二) (1) 同4(二)(1)(2)は争う。
営業収入中の映画製作配給収入から営業原価中の映画製作配給費のみを差し引いて同収支が黒子であると断定することは無意味である。正確な映画製作配給部門の収支損益を把握するためには、有報の記載数字に基づいて売上総利益(粗利益)から販売費及び一般管理費を控除することが必要である。
ところで、右収支損益が、被告会社のみでは同四九年度以降若干の黒字となつているが、分離した三社(東宝映画、東宝映像、東宝美術)の収支損益を合算すると右年度以降も赤字である。現実に映画製作原価は、分離以前は右三社の総計計算であつたので、分離後も同一基準で計算するためには、右三社の収支損益を抜きにしては被告会社の映画製作配給収支を正確につかむことはできない。
(2) 同4(二)(3)は争う。
有報に基づき原告ら主張のような計算方法をすれば、原告ら主張の結果になるが、しかしそれだけでは一本当りの製作費の推移を正確につかむことはできない。
(3) 同4(二)(4)(5)はいずれも争う。
(4) 同4(二)(6)の事実は否認する。
(5) 同4(二)(7)で述べている可能性自体は否定しないが、同四八年以降の製作配給収入の伸びには、その時期にたまたまヒツトした作品がいくつか存在したことと、その他入場料金の値上げ、映画入場税の軽減が大きく寄与している。
(三) 同4(三)の(1)ないし(4)の事実は否認する。
5 同5の事実は否認する。
(反論二)
1 原告らの反論(反論二 定年制に基づく解雇の無効)1の事実は否認する。
2 同2は争う。
第三証拠<省略>
理由
一 原告石井が照明技術者として昭和二八年、同原が照明技術者として同四二年九月、同渡会が録音技術者として同三二年五月、同高島が照明技術者として同三三年九月、同伴が録音技術者として同三四年八月、同平野及び同福沢が照明技術者として同三九年七月、いずれも映画の製作、売買、興業等を目的とする被告会社との間で本件契約(それが雇用契約であるか、請負契約であるかはさて置く)を締結したことは当事者間に争いがない。
二 原告らは本件契約は雇用契約である旨主張し、被告会社がこれを争うので、以下この点について検討する。
1 原告石井を除く他の原告らはいずれも被告会社をいつたん退職して本件契約を締結したこと
当事者間に争いのない事実及び証人西野一夫の証言(第一回)によつて真正に成立したと認められる乙第一、二号証の各一、二、同証人の証言(第二回)によつて真正に成立したと認められる乙第五七ないし第六〇号証を総合すれば、原告らのうち原告石井を除く他の者は、いずれも被告会社の社員である助手から技師となるため本件契約を締結したものであること、原告原は被告会社と本件契約を締結するために、退職手当金一二七万四七五〇円の支給を受けて昭和四二年八月三一日限りで同会社を退職し、同年九月一日同会社と同契約を締結したこと、同渡会も同様の理由で、退職手当金二二万五二七〇円の支給を受けて同三二年四月三〇日限りで同会社を退職し、同年五月一日同会社と同契約を締結したこと、同高島も同様の理由で、退職手当金一五万六八六〇円の支給を受けて同三三年八月三一日限りで同会社を退職し、同年九月一日同会社と同契約を締結したこと、同伴も同様の理由で、退職手当金一〇万二八七〇円の支給を受けて同三四年七月三一日限りで同会社を退職し、同年八月一日同会社と同契約を締結したこと、同平野も同様の理由で、退職手当金四七万一五一〇円の支給を受けて同三九年六月三〇日限りで同会社を退職し、同年七月一日同会社と同契約を締結したこと、同福沢も同様の理由で、退職手当金二八万六三六〇円の支給を受けて同年六月三〇日限りで同会社を退職し、同年七月一日同会社と同契約を締結したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
2 本件契約が専属契約であることの意味について
本件契約が被告会社との専属技術契約を含むものであることは当事者間に争いがないが、成立に争いのない甲第一ないし第二五号証、同第二九号証の一、二、同第三〇号証の一ないし三、同第三一、三二号証の各一、二、同第三三ないし第三九号証、乙第三号証、同第三七号証の二、同第六一、六二号証の各一、二、証人西野一夫の証言(第一回)によつて真正に成立したと認められる乙第九号証の一ないし九、同証人の証言(第一回)、原告渡会本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、被告会社においては、同会社の助手が他会社等の業務に携わるときは、必ず被告会社の許可を要するものとされていたが、原告らと被告会社との間の専属契約は、専属契約とはいつても被告会社の要請又は承諾があれば、原告らにおいて、被告会社以外の者の主催する舞台、放送、テレビジヨン、その他の催物に技術者としてその業務を担当することができる旨の契約内容が定められていること、映画製作に関しても原告ら技師は五核以外の他社の仕事にも携わることができたこと、その際他社の仕事を担当するにつき被告会社から文書による承諾は得ていないこと、技師から被告会社に対し他社の仕事をしたい旨の申し出があつた場合には、現在その技師が被告会社(五核を含む)において製作中若しくはまもなく製作に入いることが予定されている場合以外は、被告会社は無条件で他社の仕事をするにつき承諾していること等が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
右認定の事実によれば、専属契約とは本来、被告会社の仕事を優先的に行うことを目的とするもので、そのために被告会社の承諾なしに他の者とその障害となる契約等を締結してはならないことを意味するものであるが、その運用の実態は専属といいながら原告ら技師が被告会社の仕事に従事中、又はこれに準ずる場合を除いては、他の会社の仕事も自由にできるものであつたと認めるのが相当であり、右認定、判断を覆すに足りる証拠はない。
3 技師の代替性の否定の意味について
映画製作における技師の仕事が高度に芸術的かつ技術的なものであることは当事者間に争いがなく、証人西野一夫の証言(第一回)によつて真正に成立したと認められる乙第四号証、同証人の証言(第一回)、原告渡会本人尋問の結果によれば、製作を担当する技師の決定にあたつては契約上被告会社(五核を含む)と監督が協議することになつており(乙第四号証)、実際上も協議していること、右決定にあたつては監督の意向が重視され、監督と技師との間の人間関係とか好みで決まることが多いこと等が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
いつたん担当した映画製作について、他の技師(被告会社と契約関係にない者だけでなく、契約関係にある者も含む。)と交代することを被告会社が禁じていることは当事者間に争いがないところ、前掲各証拠並びに右認定した事実を総合すれば、技師の交代を禁じている理由は、映画製作という仕事の性質上、製作担当のスタツフと決まつた技師の技術の個性、チーム・ワークの形成の必要等から交代することに適さないことにあることが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
4 期間が長期であることについて
被告会社が原告らに対し本件契約を打ち切る旨の意思表示をなした時点までに、原告石井は二三年間、同原は九年間、同渡会は一九年間、同高島は二一年間、同伴は二〇年間、同平野及び同福沢はいずれも一五年間、被告会社との間に本件契約関係にあつたことは当事者間に争いがないが、前顕甲第一ないし第二五号証、同第二九号証の一、二、同第三〇号証の一ないし三、同第三一、三二号証の各一、二、同第三三ないし第三九号証、乙第三七号証の二、同第六一、六二号証の各一、二及び証人西野一夫の証言(第二回)によれば、原告らと被告会社との間では、いずれも本件契約を二年又は一年の契約期間と定めて締結し、その期間満了ごとに契約を更新してきた結果通算すると前記各期間になつたことが認められる。
原告らは期間の定めがない旨主張するが、前掲各証拠及び成立に争いのない甲第八八号証、乙第四五号証を総合すれば、原被告間の契約書には契約期間が明記されていること、右契約書中の契約更新について定める条項によれば、当初双方から更新の申入れができる旨規定されていたものが、その後昭和三七年からは被告会社のみ右更新の申入れができる旨の規定に変更されたこと、右申入れにより当事者は誠実に協議するように義務づけられているものの、右申入れにより当然に契約が更新されるものではないこと、右協議が整わない場合には二か月間に限り契約の期間が延長されること、右協議が整わないために又は被告会社の都合により期間満了で契約が打切りとなつた技師が存在することが認められ、右認定に反する原告渡会本人及び併合前証人(以下「証人」とのみいう。)高島利雄の各供述部分は前掲各証拠に照らしにわかに措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。もつとも、証人高島利雄の証言及び原告渡会本人尋問の結果によれば、多くの技師が本件合理化までに契約の更新を重ねてきたことが認められるが、契約の更新ということ自体本件契約が期間の定めのあるものであることを示していると解せられるのみならず、更新が繰り返されたからといつて、そのことから直ちに本件契約が期間の定めなき契約に変質したものと解するのは相当ではないというべきである。よつて、原告らの右主張は採用し得ない。
5 原告らの報酬の性格について
(一) 原告らの報酬の形態が契約基本料と作品担当料の二本立てになつていること、前者は作品担当の有無に関わりなく支給され、その額は年額で定められ、月割りで支払われること、後者は作品を担当した場合に支払われるもので、分割で支払われるものであること、しかし技師の報酬の形態には、原告らのような方式のほかに年保証契約と一本契約の方式があることは、いずれも当事者間に争いがない。
成立に争いのない甲第四五号証によれば、技師会としては右の技師の報酬形態の差異に言及することなく、単に技師は被告会社の雇用者(従業員)である旨の申入れをしたことがあることが認められるところからみても、原告らの報酬が賃金であつて契約基本料が固定給で作品担当料が歩合給であるといえるかは疑問であるばかりでなく、かえつて、成立に争いのない乙第五〇号証、同第七〇号証、証人西野一夫の証言(第一回)及び原告渡会本人尋問の結果を総合すれば、被告会社は所得税法二〇四条に基づき原告ら技師の報酬から一〇パーセントを源泉徴収していること、原告ら技師は納税につき独立事業所得者として申告を行つていること、技師会は被告会社に対し、本件合理化の実施の交渉過程において、契約打切りの技師に対して支払われる餞別金を退職金として取扱うよう要求したこと、これを受けて被告会社は税務署に対し、右餞別金を所得税法上退職金として取扱えるかどうかを問い合わせたが、それは退職金として取扱えない旨回答されたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。これらの事実を総合して考慮すると、原告らの報酬は賃金ではないと解するのが相当である。
(二) 被告会社が昭和四九年一月二五日に技師に一律四万円を支給したことは当事者間に争いがなく、原告らは右四万円はインフレ手当として支給したものであると主張するけれども、証人西野一夫の証言(第一回)によれば、右四万円はインフレ手当として支給されたものではなく、映画「日本沈没」が大ヒツトしたことにより、社員、技師、顧問である弁護士にまで支給されたいわゆる大入袋であることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
6 技師の報酬の額と助手の賃金の額の比較
助手が被告会社の社員であることは当事者間に争いがないところから、被告会社から助手に支給される報酬の性質は賃金であると解せられるところ、成立に争いのない乙第四二号証の一、二、証人西野一夫の証言(第一回)により真正に成立したと認められる乙第一一号証の一、二、同証人の証言(第一回)、原告渡会本人尋問の結果によれば、技師の最高、最低の年収、助手の最高年収(時間外手当を含む)及び原告らの年収の額は、それぞれ
(一) 昭和二七年
技師最高一四九万八五三〇円、最低四九万円
助手三八万〇六八七円
(二) 同二八年
技師最高一六三万円、最低四八万円
助手五三万一六五七円
原告石井七九万二八〇〇円
(三) 同二九年
技師最高二〇七万〇六〇〇円、最低八〇万三九〇〇円
助手四九万一一八八円
原告石井一〇九万円
(四) 同三〇年
技師最高二四八万八〇〇〇円、最低九七万三〇〇〇円
助手六〇万三八九四円
原告石井一八四万円
(五) 同三一年
助手六四万二五九〇円
原告石井一四〇万円
(六) 同三二年
技師最高三五四万円、最低一二四万円
助手六二万七一六〇円
原告石井一三八万八〇〇〇円、同渡会七四万六〇〇〇円(但し、これは同年五月一日から一二月三一日までの金額で、同年一月一日から四月三〇日までは助手として賃金を得ていた。)
(七) 同三三年
技師最高三五八万円、最低八七万円
助手七一万四五六〇円
原告石井二一六万四〇〇〇円、同渡会一一二万七〇〇〇円、同高島六九万円(但し、これは同年九月一日から一二月三一日までの金額で、同年一月一日から八月三一日までは助手として賃金を得ていた。)
(八) 同三四年
技師最高三一五万八〇〇〇円、最低九一万円
助手七二万二〇八九円
原告石井二三八万九〇〇〇円、同渡会一三七万二〇〇〇円、同高島一三三万五〇〇〇円、同伴五四万円(但し、これは同年八月一日から一二月三一日までの金額で、同年一月一日から七月三一日までは助手として賃金を得ていた。)
(九) 同三五年
技師最高三二二万九五五五円、最低九八万二〇七四円
助手七九万八〇七三円
原告石井一六六万〇五五五円、同渡会一一八万三五五五円、同高島一二五万三五五五円、同伴一二〇万〇五五五円
であること、原告渡会が助手から技師になつたときは助手時代の賃金の約五割増の収入があつたこと、昭和五一年度の技師と助手の年収を比較すると技師の報酬が相対的に若干低いこと、その原因は同三三、四年に比較し製作担当本数が著しく減少していることにあつて、その本数が以前と同じくらいであれば技師の報酬が助手の年収に比し、はるかに高いという結果になり、技師の報酬は助手の賃金に比較し相当に高額なものであると認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
7 就業規則の適用の有無について
(一) 次の事実は当事者間に争いがない。
(1) 原告ら技師には就業時間という観念自体が存在しないので、タイムカードも出勤簿もなく、時間外労働という観念もなく、また休憩・休日の制度もなく、仮に日曜、祝祭日等に撮影があつても休日労働という考え方もなければ、振替休日という観念もないこと。
(2) 被告会社の就業規則(以下「就規」という。)に定められている有給休暇等の諸休暇、賞罰に関する取扱い、休職の措置等も原告ら技師には全く適用される余地がないこと。
(3) 就規上被告会社の従業員は採用後身元保証人をつけることになつているが(就規三四条以下)、原告ら技師には身元保証人をつけさせることもないこと。
(4) 従業員であれば常に着用しなければならないことになつている被告会社の社章(バツジ)も(就規一三条一号)、技師には貸与していないこと。従業員である助手から技師になつた者については、退職時に被告会社にこれを返還させていること。
(二) 退職手当について
成立に争いのない甲第五三号証、同第五五号証、同第五七号証、同第六一号証、同第一一六、一一七号証、同第一一九号証、同第一二三号証、前顕乙第五〇号証、同第七〇号証及び証人西野一夫の証言(第一回)を総合すれば、被告会社が技師と契約を打ち切る場合には、餞別金を出す場合と出さない場合があつたこと、それを出す場合でも一定の基準はなく、技師として契約した合計契約期間、被告会社に対する貢献度等を考慮して適宜被告会社が一方的に金額を決定してきたこと、技師は、技師に対しては就規上の退職手当に関する規定の適用がなく、また他に退職金制度が設けられていないことを認識していたこと、右認識に基づき、技師会は被告会社に対し退職金制度の設置を申し入れたこと、しかし被告会社は右制度を設けなかつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(三) 技師の行動に対する管理について
技師に就業時間という観念自体が存在しないことは前記のとおりであるところ、前顕乙第三号証、証人西野一夫の証言(第一回)及び原告渡会本人尋問の結果を総合すれば、
(1) 助手は午前九時から午後五時までの就業時間によつて規律されているのに対し、技師は作品担当時以外は全く自由で出社する必要もないこと、作品を担当していない場合、技師は被告会社から連絡ができるように義務づけられていないこと、
(2) 比較的長期の国内旅行の場合、助手は就規による手続をすることが必要であるのに対し、技師は、旅行期間中に仕事が入いつてこないかを問い合わせるようにしている者もいるが、被告会社としては届出をするように指導は行つていないこと、
(3) 海外旅行の場合、助手は就規による手続をすることが必要であるのに対し、技師については被告会社としては届出をするように指導しているにすぎないこと、
が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
なお、原告らは、社員である助手は就規上の勤務時間に関わりなく、映画製作を担当していない場合は午前一〇時から午後一時三〇分までの三時間三〇分が出勤時間とされている旨主張するが、当事者間に争いのない事実及び前顕乙第三号証並びに証人西野一夫の証言(第一回)を総合すれば、助手は従業員であるから就規が適用され、午前九時から午後五時までが就業時間であること、担当する作品がない場合には、助手は午前一〇時に出勤して午後一時三〇分まで撮影所にいれば、あとは撮影所にいてもよいし、映画等を見に行つてもよいし、自由に勉強してよい取扱いになつていることから、助手は担当する作品がない場合には、就業時間としては午前九時から午後五時までとして管理されているものの、撮影所内に拘束されている時間は前記三時間三〇分であること、これに対し、技師はそもそも就業時間という観念自体が存在しないことが認められ右認定を覆すに足りる証拠はない。以上の事実によれば、助手が勉強に使える午後一時三〇分から同五時までの時間と技師が勉強に使つている同時刻の時間の性格は同一ではなく、基本的に異なつているものと解するのが相当である。
(四) 施設の使用届について
前顕乙第三号証、成立に争いのない乙第三九号証の一、二、及び証人西野一夫の証言(第一回)を総合すれば、従業員が被告会社の事業場内で集会等を行う場合には被告会社の許可を得なければならないこと(労働協約に定めがある場合を除く。)(就規一一条)、技師会が被告会社施設の使用届ないし使用願を出すようになつたのは技師契約の打切り問題が生じてからで、昭和五一年七月二三日付、同五三年四月二八日付で提出されていること、それ以前には右のような使用届は提出されたことがなく、その後も右二通以外は提出されていないことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(五) 技師会による就規制定要求について
成立に争いのない甲第四九号証、前顕甲第五七号証、同第一一九号証、同第一二三号証及び証人西野一夫の証言(第一回)によれば、技師会が被告会社に対し就規の制定等を要求し始めたのは昭和四八年からで、それ以前にはそのような主張がなされなかつたこと、被告会社は技師について就規を制定しなかつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(六) 右(一)ないし(五)を総合すれば、原告ら技師には就規は適用されないものと解するのが相当であり、これに反する原告渡会本人の供述部分は前掲各証拠に照らし採用できない。
8 製作担当の決定に対し、原告らに諾否の自由がないことについて
五核のスタツフ編成の決定に対し、原告らに諾否の自由が認められていないこと、技師の中でも一本契約者には諾否の自由があることは当事者間に争いがなく、また証人西野一夫の証言(第一回)によると、昭和四〇年以後も撮影技師の岡崎、同中井、同村井、録音技師の矢野口は年保証契約者であつたこと、同人らは技師契約で定められた年保証本数完了後は、被告会社からの仕事の要請に対し諾否の自由があることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。そうすると、技師一般が五核のスタツフ編成の決定に対し諾否の自由が認められていないのではなくて、原告らにその自由がないのは、同人らの技師契約において被告会社又は被告会社の指示する会社の製作する映画(テレビ映画等を含む)につき技術者として担当することを承諾し、それに対する報酬として契約基本料と作品担当料を支払うという形態で契約をしているからであると認めるのが相当であり、右認定を覆すに足りる証拠はない。
9 製作担当者による指揮監督について
成立に争いのない甲第七二号証、前顕乙第四号証、証人西野一夫の証言(第一回)、原告渡会本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、製作担当者も製作スタツフの一員であつて、映画製作の際製作担当者を誰にするかは監督との協議事項とされていること、製作担当者の仕事は、製作現場における製作の環境作りをすることであり、製作過程においての予算と日程に限つての責任者であること、製作の内容については監督が最高責任者であること、ただ製作担当者は予算やスケジユールの関係で、内容の変更につき意見を述べることができること、また製作方法が明らかに危険な場合にはその作業の中止を命ずる権限があること、技師の技術を引き出すのは監督の仕事であること、技師の仕事の内容について製作担当者が指揮監督することはないことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
10 補助労働力の帰属について
技師の仕事にとつて不可欠な助手等の補助労働者は技師との間にではなく、製作会社との間に雇用関係を持つていること、技師が助手の選任決定権を持つていないこと、助手は技師の指示に従うように業務命令を受けていることは、いずれも当事者間に争いがないが、証人西野一夫の証言(第一回)、原告渡会本人尋問の結果によれば、技師は助手に誰を使うかの希望を出してよいことになつており、その決定においては技師と助手との人間的つながりが重視され、実際上も技師の希望が強く反映されて決定されていること、したがつて、技師は仕事をするうえで自分で補助者を雇用した場合と同様の態様で製作にあたることができるものと認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
11 原告らの稼働日数について
前顕乙第三号証、証人志賀邦一の証言によつて真正に成立したと認められる甲第一四〇号証の一、二、証人西野一夫(第一、二回)、同志賀邦一の各証言、原告渡会本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば次の事実が認められ、これらを覆すに足りる証拠はない。
(一) 本件契約の打切り前年の一年間(昭和五〇年八月一日から同五一年七月三一日まで)に、原告石井は約二〇一日稼働したこと、同渡会は映画の製作を一本担当し、約一〇一日稼働したこと、同原は作品を全然担当しなかつたこと、訴外撮影技師の永井及び同録音技師の刀根も作品を担当しなかつたこと、同照明技師の今泉及び同録音技師の坂井はいずれも一本だけ担当し、稼働日数としては約五〇日であつたこと。
(二) 技師の稼働日数に関する被告会社の考え方は、照明及び撮影については、いずれもクランク・インからクランク・アツプまでと、小物(クランク・インからクランク・アツプまでの間に撮影しないで、クランク・アツプ後に景色等の撮り残しを撮影すること。)及び検定試写の日数を考えていること、同じく録音についてはクランク・インから検定試写までの日数で計算していること、右のような計算の方法が映画製作の業界では作品担当料の支給対象日とされていること。
(三) これに対し、原告らは、昭和五三年八月一日から同五四年七月三一日までの稼働日数につき、原告高島(照明技師)は二〇九日(被告会社の主張は約一〇〇日)と主張していること、その計算方法は、連休を除き、第一回打合わせからオールラツシユまでの日数で数えていること、しかし、原告高島の仕事として記載されている機材返還等の後処理は、同人の仕事ではなくて被告会社の社員である製作担当者や助手の仕事であること、同じく原告伴(録音技師)については一三七日と主張していること(被告会社の主張は約一〇三日)、これは連休を除き、第一回打合わせから検定試写までの日数を計算していること。
(四) 稼働日数を作品担当料の支給対象となつている日と考えると、本件契約打切り前一年間の各原告の稼働日数は、原告石井約二〇一日、同渡会約一〇一日、同原零日、同高島約一〇〇日、同伴約一〇三日、同平野零日、同福沢約二〇日であること。
(五) 技師は機材・設備の点検の仕事も行つていることが認められるが、その日数は年間数日程度であること。
(六) 技師は技師会の集まりのために出社することがあるが、これは被告会社の仕事ではないこと。
(七) これに対し助手は、就規第四章に規定されている休日、休暇の場合以外は就業日として出勤する義務があること。
(八) 原告らには、稼働日数の多寡にかかわらず(前記(四)の意味で稼働日数零日の原告原、同平野にも)、契約基本料が全額支払われたこと。
12 原告ら技師に雇用保険をかけた経緯
前顕甲第四九号証、同第五三号証、同第五五号証、同第五七号証、乙第五〇号証、成立に争いのない甲第五九号証、証人西野一夫の証言(第一回)及び原告渡会本人尋問の結果を総合すれば、雇用保険は本件契約の締結時からかけられていたものではなく、被告会社の映画製作部門の合理化の提案に対して、技師会から被告会社に対し昭和四八年五月一〇日付申入書で初めて雇用保険に加入せよとの要求が出され、その要求がその後も数回出されたこと、右要求に基づき被告会社は昭和五〇年になつて渋谷職業安定所(以下「渋谷職安」という。)に雇用保険を適用されたい旨の申出をしたこと、しかしながら、渋谷職安では原告ら技師に雇用保険を直ぐには適用してくれなかつたこと、渋谷職安では原告ら技師に雇用保険が適用できるのかどうかについて、渋谷労働基準監督署や東京都の雇用保険部に意見を求めて検討したこと、被告会社は本件合理化が円滑に進行するように、また技師らの生活を配慮して、同職安に対し高度の見地から技師らを雇用している旨の説得を行つたこと、被告会社は技師会との交渉の席上、右雇用保険の申請は被告会社に不利になるようなことがあるかもしれないが、技師の将来のことを考えて申請したものである旨述べたこと、雇用保険は適用事業については強制加入となつているが、それまで加入の届出をしなかつたことについて渋谷職安から何も問題とされなかつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
13 技能契約者の身分について
昭和三六年当時、被告会社において技能契約者と呼ばれる者が働いていたこと、右技能契約者は社員である助手と同じ仕事をしていたこと、そして同三七年から同三九年にかけて右技能契約者を社員化したことは当事者間に争いがなく、証人西野一夫の証言(第一回)によつて真正に成立したと認められる乙第七号証、同証人の証言(第一回)に前記7を総合すれば、技能契約者は「技能契約者就業規則」によつて就業条件が定められていたこと、同規則二条によると、技能契約者とは当該職務に必要な技能を有する者で本人の意思によつて同規則に定める手続を経て一年の期間を定めて労働契約を締結し、撮影所の業務に服する従業員であること、したがつて、前記社員化とは、被告会社の技能契約者という身分の従業員を社員という身分の従業員として雇用することになつたものであること、これに対し、当時技師であつた者が社員化された事例はないこと、技師に技能契約者就業規則は適用されないことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。右によれば技能契約者と技師は基本的に異なる契約関係にあつたものというべきである(なお、当時被告会社が技能契約者と技師は期間の点を除き同じ契約関係にあると称していたことは、これを認めるに足りる証拠はない。)。
14 その他、助手との主な相違点
(一) 次の(1)(2)の事実は当事者間に争いがない。
(1) 被告会社の福利厚生施設については、技師は従業員とは取扱いを異にしていること。
(2) 被告会社には従業員により組織されている労働組合(全国映画演劇労働組合東宝支部)があり、ユニオンシヨツプ制をとつているが、技師は同組合に加入していないこと。
(二) 前顕甲第五三号証、同第五五号証、同第六一号証及び証人西野一夫の証言(第一回)によれば、
(1) 定期健康診断の場合、助手には受診を強制しているのに対し、技師には便宜供与はしているが受けない人もおり、受診するか否かは自由であること、
(2) 助手の場合は、旅行補助金を年額いくらとして助手に出しており、また住宅貸付金制度、慶弔費制度が定められているのに対し、技師の場合は、旅行会に補助を出しており、住宅貸付金、慶弔については芸術家共栄会で助手とは全く別の取決めがなされていること
が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
15 本件契約を締結した当事者間の意思を推測する事情について
成立に争いのない甲第四三号証、証人西野一夫の証言(第一回)、原告渡会本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、
(一) (1) 被告会社としては、昭和二五年の映画製作再開時に技師契約制度を採用するにあたつて、(ア)作品を担当する時だけ出社する、(イ)専属契約、(ウ)作品担当で収入が増えていく、という方式を骨子として前記契約制度を導入したこと、
(2) 技師は助手と違つて一人立ちのできる優れた芸術家であり技術家であるから、社員である助手と同様に雇用契約として扱うのは適当でないと考え、一本一本いわゆる「契約者」として扱つたこと、
(3) 技師契約制度を採用し継続した理由の一つとしては、技師が労働時間や規律に縛られるといい仕事はできない、したがつて、技師を労働時間や規律による拘束から解放することにより、技師にいい仕事をしてもらおうという配慮があつたこと、
(4) 被告会社の助手から技師に登用する場合には、社員のまま技師契約を締結せずにいつたん退職させていること、
(5) 被告会社は原告らと右技師契約制度に則り本件契約を締結したこと、
(二) (1) 原告らのうち助手から技師となつた者(原告石井を除く全員)は、被告会社から技師は社員ではなく「契約」という身分になるから社員のまま技師になることはできないといわれて退職金を受領して同社を退職し、同社と本件契約を締結したこと、
(2) 「一本になる」との言葉に代表されるように、助手から被告会社を退職して技師として同社と契約を結ぶことは、同社から技術者として一人前と認められたということで、右原告らは誇りをもつて本件契約を締結したこと、
(3) 原告石井は昭和二八年七月本件契約を締結したが、同二四年三月まで被告会社の社員として雇用されていたことがあり、助手の雇用契約の場合と異なつて、報酬の額、時間管理等で格段に優遇され、助手とは異なつた契約であるとの認識のもとに本件契約を締結したこと、
(4) 原告らは本件契約を締結後、二年又は一年ごとに契約を更新してきたが、技師が被告会社から雇用されている旨の表現が用いられたのは、昭和四六年七月一二日付の技師会の被告会社社長あての嘆願書が初めてであること、
(5) 被告会社の映画製作部門の合理化案が提示されるまでは、原告ら技師は本件契約が雇用契約である旨を主張したことがなかつたこと、
が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
16 ところで、本件契約が原告ら主張のように雇用契約であるといえるか否かは、本件契約を締結するに至つた経緯とその当事者の意思、被告会社の従業員、とりわけ、映画の製作に従事している助手の就業時間、報酬、被告会社の指揮監督の有無・態様・その根拠等と原告らのそれとの相違の有無等を総合して検討すべきところ、前記1ないし15で認定・説示したこと、特に第一に、当事者の意思として、仮に本件契約が雇用契約であるとすれば、何故に原告石井を除くその余の原告らをわざわざ被告会社から退職させて退職金を支払つて新たに本件契約を締結したのか、その必要性ないしはその合理的根拠を見出せないこと、また、原告らが助手とは異なつたかなり優遇された条件で本件契約を締結していて退職金も支給されないこと、第二に、技師の仕事に対する規律の相違、とりわけ原告ら技師には就規が適用されず、就業時間という観念もないこと、第三に、報酬の違い、すなわち、額の点では、契約締結時においては助手よりもかなり高額であること、契約の打切り当時でも製作本数が多ければかなりの金額になるはずであること、内容の点では、税法上では、原告ら技師はそれぞれ独立の事業者として所得申告しており、その報酬は給与所得ではなく事業所得であり、したがつて、この面では原告らの報酬は賃金とはいえないこと、第四に、他会社の仕事をする場合の助手との相違等を総合して考察すれば、本件契約は雇用契約であるとは到底認めることができず、本件契約の専属契約性、契約期間が長期にわたつていること及び製作担当者による指揮監督性等々の原告らが本件契約が雇用契約であるとして主張する根拠については既にそれぞれの個所において認定、説示しているとおりであつて、いずれも未だ本件契約が雇用契約であるとする根拠に欠けるものというべきであり、そして他に本件契約を雇用契約と認定するに足りる証拠はない。
よつて、原告らの本件契約が雇用契約であるとの主張は採用できない。
三 以上説示のとおりであつて、本件契約が雇用契約であることを前提とする原告らの本訴請求は、その余の判断をするまでもなくいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 渡邊昭 松村雅司 鈴木浩美)
別紙 (一)~(七)<省略>